手島の妻は、上司の娘である。
すなわち、自分の仕事ぶりや日常の所業を、逐一上司である義父からその娘である妻に報告される可能性があるということだ。
多少の失敗くらいで自分を見放すような妻だとは思わないが、過去のオイタに関しては知られたくない部分が無きにしも非ず。
目の前の上司兼義父はそれを盾にとって、命令に従うよう脅してきたのはつい今しがたのこと。
内容はかなり個人的なものだった。
「あなた、大人げないとは思わないんですか!?」
「煩い、上司命令を素直に聞けば言わんでやるといってるんだ!」
「公私混同甚だしいでしょうが!だいたい、職務内容とはぜんぜん関係ない命令じゃないですか!」
――今度生まれてくる俺の子供の命名権を寄越せなんて。
「大体、有季と一緒に決めることになってるんですよ。有季に相談はしてみたんですか?」
「断られたんだ…ッ!」
ギリギリ、と悔しそうに歯軋りしながら水田章介三佐は言う。
「岳彦さんと一緒に考えることになっているから、お父さんは遠慮してねって言ったんだぞ!」
俺の孫なのに、と怨念が篭ってそうな響きで水田は呟いた。
「だからといって、俺を脅すことはないでしょう!」
「お前に俺の気持ちがわかるのか!俺の娘を奪っていったお前が!!」
「それとこれとは話が違うでしょう!」
その件に関しては――上司に黙って付き合って、同じ自衛隊の隊員とは結婚させたくないと思っていた彼の気持ちを踏みにじったことに罪悪感を感じないでもないが、どう考えても今の水田の言い分は筋が違う。絶対に、こじ付けだ。
「どうしてもというのなら、有季と俺とお義父さんと三人で相談しましょう。譲歩できるのはそこまでです!」
「・・・・・・わかった、その言葉覚えておけ」
いい名前を考えておく。
水田の言葉に苦笑しながら手島は頷いた。
去り際――
「孫は蝶よ花よと育ててやろう。そして、お前もいつか娘をそこらの馬の骨に浚われた時、俺の気持ちを漸く思い知るといい」
そう捨て台詞を吐いてのしのしと去っていった上官の背中を目で追いながら、手島は妻の言葉を思い出した。
『男の人っていつまでたっても子供みたいよね』
それを言われたのは手島だったが、ひょっとして自分も将来水田のようになるのだろうかと、そう思って手島は肩をすくめた。
自分にもうじき生まれるのは娘だとわかっている。水田の予言もかなりの確立で将来当たりそうだった。
その時は義父を誘って酒を飲もうか。そうしたら『漸くお前も俺の気持ちがわかったか』と言って酒が美味しく飲めるだろう。
――もっとも、その酒は切ない味がするのかもしれないが。