阪急電車
「馬鹿が感染したらしい」/彼氏×悦子:阪急電車

 合格発表の日。悦子は大きく息を吸って吐いた。
 目の前には暗記するほど見返した番号。悦子の受験番号。
 目を瞑ってまた開く。
 嘘やない?ほんまにある?――やっぱり同じものがそこにあった。気のせいなんかじゃない。悦子は合格だという証がそこにある。
 ・・・・・・よかった!
 安堵が身を包んだ。ほっとすると同時にじわじわと歓喜が押し寄せる。気づいたら携帯の短縮ボタンを押していた。
 この時間なら、まだ相手は仕事中――多分電話なんて出られない。それでもこの合格を真っ先に伝えたいのは――彼だ。悦子の優しくてバカで――いとしい彼氏。

 
「ホントなら有給とって一緒に合格見にいきたいとこなんやけどな・・・」
 昨夜電話した時に、悦子の両親は下の子がまだ小さいから手が離せず、合格発表は彼女一人で行くのだといったら、彼氏はため息吐いてそういってくれた。
「明日は出張なんや。代わりに行けるもんもおらんし、俺がいかんとしゃーないからなあ。なんで出張なんてあるんやろ」
「そんなんお仕事やから仕方ないやん」
「せやなあ。でも、まだ有給残っとるし、こういう時こそ使い時やろう?」
「仕方ないもんは仕方ないわ。それに急に有給とる理由はどうするつもりやねん。前もって申請していたならともかく、急にとるとなると半端な理由じゃ通らんやろ。まさか彼女の合格発表に付き添う為、とでも言う気やないやろうな?」
「そのまさかや」
「アホか。そんなんあたしが上司でも許さへんわ。合格発表くらい一人で見れんわけでもあるまいし。小学生か!」
「でもなあ」
 まだぶちぶちと未練ありげに言う彼氏に悦子は思わず笑った。
「ほんまに気にせんといて。合格発表見に行くくらい、あたし一人で平気や。だって、あたしは一人だけど、独りやない。自分の家族でもあるまいに、休みとってまで合格発表付いてきたいって言ってくれる彼氏がおるもん」
 気持ちだけで嬉しかった。ありがとう。
 そう呟くと、電話に雑音が入った。
「?どうかしたん?」
 少しの間反応が無かった。
「もしもし?」と「どうしたん?」
 何度か繰り返していると返事があった。
「あ、ごめん。ちょっと・・・」
「ちょっと何や?」
「いや、今目の前に悦子がおったら抱きしめたいと思ったんやけど、目の前にはおらんから仕方ない、枕を代わりに抱きしめてみたんや。電話握ったままやったからなんか雑音入ったかも」
「・・・・・・・・。あんた、アホやろ!」
 あはははははは。腹の底から笑い声が出た。
 実は少し明日のことを思うと緊張していたのだけれど、思いっきり笑ったお陰で肩の力が抜けた。
「あんた、ほんまにバカやなあ・・・・・・」
 バカだけどそこが愛しい。
 そう考える自分もまたバカなのかもしれない。
「あんたと話してると深刻に考えるの馬鹿馬鹿しくなるわ。まあ、受験失敗したって死ぬわけやないもんな」
 一浪するなんて考えたくも無いけど――もししてしまうようだったら、その時また考えればいい。いざとなったら、自分でバイトしてお金をためて再受験するとか・・・・・・きっと方法はいくつかあるはずだ。本当ならそんなに単純なことでもないとも思うが、今はそれ以上考えることはやめた。

「あんたは行かれへんけど、あんたから貰ったお守りもあるしなァ。今更かもしれへんけど、明日はあのお守りも持っていくわ。だからあんたはお仕事頑張り?」
「・・・・・・わかった。頑張る。あ、でも。結果出たらそれがどういう結果でも電話くれるか?」
「あんたお仕事やん」
「せやけど、運良く出られるかもしれんやろ」
 電話くれるって約束してくれんと俺は仕事頑張れない。などと悦子の彼氏は堂々と言い放った。
「まったく・・・・・・仕方ない彼氏やなあ」
 呆れたようにため息をこぼしつつも、内心嬉しくないわけではなかった。
「電話したるわ」
 よっしゃー、という喜びの声が電話の向こうで上がったのが悦子の耳に聞こえた。

「合格しとるよう祈ってて。出ないといつまで経ってもオアズケやもんな。あたしも早く一緒に旅行したい」
 大学に入って落ち着いたら旅行をしよう。初めてはその時がいい。そんな約束をしてから二ヶ月と少し。オアズケは未だ続行中だ。
「そんで、あたしもあんたを抱きしめたいわ。思いっきり!そん時に枕なんかと違うって思い知らせたるわ」
 それじゃもう時間遅いし切るわ、オヤスミ!
 早口で言い切って相手の返事を待たず電話を切った昨夜。
 あれから電話はかけていない。
  
 合格を知らせるこの電話を彼氏が受け取れるかはわからない。仕事中で出られる可能性は低い。
 けれども、一緒に喜んで欲しい相手は彼だから。
 ひょっとしたら、に賭けてみる。

 呼び出し音を数えながら、電話がもし繋がったらまずなんていおうか、なんて悦子は考えていた。
 やっぱりあれかな。

 ――旅行の計画、どこに連れてってくるか期待していいんやろうな?

 きっと彼氏はバカだから一瞬なんのことかわからないかもしれない。
 でも気づいたら盛大にお祝いの言葉を言ってくれるだろう。
 その声を聞くのが楽しみだった。

 


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