図書館シリーズ
「誤解と受難」/堂上×郁(+手塚×柴崎?)

 初めて、というのに特別の感慨を抱くのは殆どの女性に共通の意識だろう。
 柴崎あたりなら、
「初めは痛いから、そりゃ覚悟は必要だわね」などと身も蓋もないことをいいかねないが。
 やっぱり、初めてだからこそ好きな人に優しくしてもらいたいというのは乙女として当たり前の願いだと思う。
 だからこそ、大事に大事に・・・この年になっても郁は清らかな体だったりするのだが。
 一方で不安もあるワケで。


「率直に聞くけど!この年で初めてって、や、やっぱり重い!?重いって訊くよね、どう思う!?」
「胸倉掴んで開口一番言う事か、それが!」
「だって、手塚くらいにしかきけないじゃーん!」
「俺なんかより、他に適任がいるだろ。柴崎とか」
 恥じらいはないのか、恥じらいは、と言われて郁は「あるけど!」と反射で答えつつも手を放さなかった。
 ここが正念場なのだ。
「柴崎は女だしぃ!やっぱ、男からの意見聞きたいと思うのよ!」
 だからこそ、手塚を物陰に引っ張り込んでまで、こんなことを訊いているわけだ。
 流石に、説明もなく引きずっていったのは悪いとは思うけれど。
「とはいってもなぁ。そんなの、相手によりまちまちだろ?」
 堂上二正はそんなこと気にしそうにないけど?と付け加えた手塚に、郁は首を振る。
「だって、あっちは経験ありそうだし。でも、あたしは男の人とお付き合いするのも初めてで。胸もないし、背は高いし・・・」
「お、おいっ・・・」
 自分でいっていて悲しくなってくる。
 思わず郁は手塚の胸に埋めるように、頭をぽすっと預けた。
「訓練で鍛えてるから腹筋も割れれて、柴崎みたいに柔らかくもないし。可愛くないし、素直にもなれないし・・・」
「笠原ッ!ちょ、放せっ!」
 慌てて振りほどこうとする手塚に嫌々をするように首を振って、郁はさらに体重をかけていった。
「それでも、好きな人には優しくしてもらいたいからさぁ」
 ――傍からはどう見えるかなんてことを考えずに。

 唐突に、怒鳴りつけるような声が二人へぶつけられた。
「お前ら、何してるッ!」
 眉間の皺を深くした堂上が通路を背にした郁の背後、手塚の正面にいた。

「ど、堂上二正、じ、自分は無実であります!」
「きょ、きょ、きょうかん!?」
 不味い所を見られた、という表情を二人とも顔に浮かべた。
 片方は、誤解を与えるようなシュチュエーションをみられた、という居心地の悪さに。
 片方は、相談内容に密接に関わる相手にみられてしまった、という間の悪さに。
 その表情が、尚更堂上に不機嫌さを与える原因になるなど、郁は思いも及ばない。

「まだ業務は終了していないだろう。さっさと戻れ――逢引をするなら業務終了後にしておけ」
 不機嫌な面持ちで、じろりと二人をにらみつけると堂上は足早に去っていった。


「ど、ど、どうしよぉ〜〜〜〜〜!!!」
「お前が、変な場所で、変な事いうからだぞ!」
「何よ、切実な問題じゃない!!」
「もう少し、TPOを選べ!ついでにいうと、そんなに気になるなら本人に直接聞いて来い!」
 多分、誤解してるとおもうぞ、と手塚はぼそりと不吉な発言をする。
「えぇぇぇぇぇ!!??なんであたしが手塚とーーーー!?」
「全くだ」
 憮然とした顔で言われて、郁はむっとする。
「何よそれっ!あたしじゃ不足だって言うの!?やっぱりこの年で初めては重いから!?」
「そこ、ループかよっ!?」
「だってぇ・・・」
 泣きそうな声で郁が呟くと、
「手を放せ」
 手塚は力の抜けた郁の手を振り解き、襟元をさっと直した。
 郁が肩を落としている様子をちらりと確認し、ふぅ、と手塚が嫌そうに溜息をついた。

「・・・おい、貸し2だぞ」
「え、なんで貸し2?」
 郁の問いには答えず、手塚は徐に携帯を取り出し、どこかに連絡を取り出した。
 指を一本口の前にたて、静かにするようにというジェスチャーをする。
「少し黙ってろ・・・・・・あ、柴崎?ああ、俺。あのさ、今、笠原といたところを堂上二正に見られた。笠原に締め上げられてたんだが、傍から見た感じを想像するだに誤解されたと思う。・・・ああ、うん。やっぱりか・・・ああ、それで、頼みがあるんだけど。・・・貸しは笠原に1つけておけよ、笠原に言ってあるから。ああ。でな、悪いんだが、”初めては重いかどうか”ってのを聞き出してくれ。ああ、出所はわかるだろ?出所もついでにばらしていい。そうすりゃ誤解も解けるだろ。ああ、頼む。悪いな、それじゃ」
 ピッ、と終話ボタンを押して、手塚は郁に向き直った。
「と、いうわけだ。わかったか?」
「えっ、どういうこと?!」
「お前、聞いてなかったのか?柴崎に頼んだ。"初めては重いか”どうか。お前が聞けないっていうから、あいつに代わりに聞いてもらうしかないだろ。ついでに誤解も上手く解いてももらえるよう頼んだ――貸し二つってのは、一つは柴崎に、一つは俺に、ってこと。わかったか?」
「えぇぇぇ、なんでそういうことするのーー!?」
「お前な!誤解に俺を巻き込んでおいて、そういうこと言うのはこの口か!?」
「い、痛いッ!ちょ、手塚っ!」
 引っ張られた頬が痛い。
 恨みがましく見上げると、手塚が低く呟いた。

「・・・・・お前、このことが他の人間経由で柴崎に伝わったらどうなったと思う?」
「あー・・・」

 多分、目の前の人間はイイ玩具にされるばかりか、郁が睨んだ所「微妙な関係」でありそうな二人の仲は、ますます微妙なものになってしまっただろう。

「ごめん・・・」
「わかったらいい。お前も、積極的に誤解を解くようにしておけよ?特に堂上二正の」
 まぁ、冷静に考えれば誤解だとすぐ気づいたはずなんだが、あの分じゃ怪しいからな、と手塚は首をふる。
「え、どうして?」
「お前そりゃ・・・」
 好きな女と別の男が抱き合ってるように見えたら、頭に血が上るだろ、と言われて郁はぽん、と頬を赤らめた。


「――笠原の"初めて"は間違いなく情熱的なものになりそうだな」
 あの堂上二正のことだ。勘は決して悪くはない。
 恐らく、柴崎に聞かれて、ついでに手塚との密会は何のためだったのかまでばらされたら、郁が何を想像し、何を考えてそういう行動に及んだのか察しはつくだろう。
 そして、嫉妬した自分を恥じて、行き所を失った怒りは何に転化されるかと考えたら・・・。
「とりあえず、次の公休に一緒に出かけるなら、覚悟しておけよな」
 同情をこめた手塚の視線が何を意味するかを考えて、郁の顔はますます赤くなり、耳まで紅色に染めたのだった。


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