「やぁ、素敵なお嬢さん。私とお茶しませんか?」
私は胸元に手を当てて、期待に満ちた視線で通りすがりの美少女に声をかけた。
一瞬振り向いた彼女は、うん、美しい。
きらきらと瞳を輝かせて返事を待つと、美少女はおかしなものを見るような目つきで私を一瞥して、去っていった。
「無視されたよー!無視!ああ、でも、佐光さんの冷たい眼差しも心震えるねぇ。あれかな、美々しいナマアシをガン見してたからいけないのかな?どう思う、ソラ?」
美少女の名は佐光さんという。確か同じ情報の講義をとっていたはず。
入学二日目にして、美人のチェックには怠りないぞ。
「知らん。お前みたいな変質者だったら、虫けらを見るような目つきで見られても不思議はないし」
それは酷いんじゃないかな、わが幼馴染よ。
「ちょっと美少女ウォッチングが趣味なだけなのに酷い言い草だ、よよよ」
「ちょっとか?毎回付き合わされる俺がいい迷惑だ。傍にいる俺まで、変態だと思われたらどうしてくれるんだ」
「なにー!美少女を見るだけで至福に浸れるんだぞ。お金もかからず幸せになれるなんて、リーズナブルでいいじゃないか」
「俺は特に興味はないしな」
な、なんだって!?
「つまらんやつだな!」
そういってから、はっと私は顔を強張らせた。もしや、若いお嬢さん方の脳内で今はやりの!
「・・・女に興味はないってまさかホモ」
BLというんだったかな?
いや、しかし高校時代には彼女もいたと聞いた気がする。
私の趣味を警戒していたせいか、見せてくれた事はないのであくまで風の噂だが。
高校も違ったので、詳しい事はわからない。見るだけならいいじゃないか、ケチ。
「お前と一緒にするな」
いや、私は単純に見るのが好きなだけで。別にレズではないんだけどな。
「単純に余り興味がないだけだ。女に限らず」
「まさか、不能・・・」
そうか、それで。
天啓が閃いたような顔で彼を見ると、思い切り叩かれた。
「アホか」
「酷い、本当にアホになっちゃうじゃないか!」
結構痛かったぞ、手加減くらいしろよ。
「既に馬鹿でアホだろ」
「そんな、この大学は有名な六大学のひとつなのにー」
「テスト勉強ができることはイコール頭がいいと言うわけじゃない。お前の場合は要領がいいだけだ」
それは否定しない。ヤマをかけるのも割と得意だ。
「まぁ、ねー。でも、バカアホ言いすぎ。お前みたいに酷いやつの友人をやるようなのは私くらいしかいないね」
「・・・友人でいて欲しいといった覚えはないな」
「つめたいやつー!」
いつものことだけど。ばっさり切ってくれるなぁ、ホント。
恨めしげに睨みあげても、ヤツは涼しい顔だ。
「お褒めに預かり光栄だな」
憎たらしくにやりと微笑んで、ソラは腕組みをした。
わが幼馴染は、私を相手にすると口が悪い。
人見知りをするのか、単に面倒なのか、私以外の人と会話をしているのを見る機会が少ないからなんともいえないが、どうも見ている限りはその口の悪さは私限定で発揮されるらしい。
一遍死んで生まれなおして来い、とか、おなかの中に知能を忘れてきただろうとか、どう見ても中学生にしか見えないとか、蛇女(これは髪の毛がうねうねしているから)とか、身長が伸びなかった分胸囲に回ったのかとか。
最後のなんて、他の人にいったらセクハラだ。私だからこそ流してやってるんだぞ。
しょうがないじゃないか、身長が低めなのも、童顔なのも、胸が大きいのも、髪がふわふわした癖毛なのも、母親からの遺伝だ。
いっそ長身スレンダーで大人びた顔立ちなら、女子高のお姉様として美少女達に囲まれる生活だったかもしれないのに。
ああ、惜しい。何故父に似なかったのか、私。
父は年を経ても尚、長身で中性的な顔をしている。今は美中年だが、昔はきっと美少年だったろう。
そんな父に似て生まれたら、女子高できっと夢のハレム生活・・・だったのになぁ。
男にもてても嬉しくはない。
「私がソラだったら、その容姿フル活用して美人なお姉さんと御近づきになるのに。もったいないな」
本当にもったいない。
黙って立っていればソラはとても見栄えがする。
その気になれば、きっと大学一は無理だとしても、学部一の色男くらいにはなれそうだ。
私以外に対してなら悪態をつくことも少ないし、実際、大学入学二日目にして、影でもて始めているようでもある。
「ソラなら大抵の女の子落とせそうだよねぇ。羨ましいな。いや、私は見ているだけで幸せだけど、もっと間近でまじまじと見られたら幸せだなぁって思うわけだ。私の代わりに声掛けてくる気ない?どう、お一つ」
「嫌だ」
「うわぁ、即答。幼馴染の可愛いお願いを叶えてくれる気はないわけだ」
「その気もない女に声かけて、うっかり付きまとわれたらどうしてくれる」
「もて男ゆえの傲慢な発言。自分が声をかけたら女は付いてくると思っているわけだ。うわぁ、おばさん、貴方の家の息子は口だけじゃなくて性格も悪いですよ」
隣に住む優しいおばさん――ソラのお母さん――を思い出しながら、家がある方向と思しき方を向いて、言いつけるまねをした。
苦虫を踏み潰したような顔で、でもな、とソラが反論する。
「その気がない女に言い寄られても面倒なだけだろ。大体、対象外にもててもな。その気がある女には思いが通じた事はないんだぞ」
うわぁ、それはそれで可愛そうだ。
「そっか。頑張れ。確かに、いくらもてても好きな人に好かれないんじゃ意味ないね。・・・って、ソラも人に惚れるって気持ち知ってるんだ!」
おお、聞き流す所だったけれど、これは意外な言葉じゃないか。
「女に限らず余り興味がないっていってたのに。例外もいるんだねぇ」
へぇ、一体どういう子なら例外になるんだろう。
やっぱり可愛い子なのかな。
「今もいるの?」
「――さぁな」
「教えてくれてもいいのに、ケチ。ねぇねぇ、可愛い子?」
「ある意味でな」
「へぇ。ソラが可愛いって思うのはどういう感じ?」
「勝手に想像しろ」
あら、そっぽ向いちゃった。ひょっとして照れてるのかなぁ。
なーんだ、ソラも好きな人いたのかー。いや、彼女がいたっていうんだから、その子かもしれない。
でも、思いが通じた事はないというから別の人かな。
教えて教えて、とねだるように見つめていたら、諦めたようにソラが呟いた。
「馬鹿なヤツほど可愛いってやつだよ」
私は瞬きする。それはまた――。
「悪趣味だね、ソラ」
可愛いは可愛いでも、そういう可愛いか。へぇ、変わった趣味だな。
落胆したような響きの重いため息が私の耳に聞こえる。
どうしたんだとソラのほうを向いたら、さらに重いため息をつかれた。
「お前、やっぱり馬鹿だろ」
いったい、なんなんだ。
何度訊ねても、今度こそソラはヒントもくれなかった。
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