短編
stay with me.

 心が寒い。
 それは、懐の軽さのせいかもしれないし、あるいは時節的に冬なせいかもしれなかった。
 でも、多分一番の原因は――

 ――自分だけクリスマスに一緒に過ごす相手がいないからかもしれない。
 と、クリスマスに一緒にパーティーする予定だった友人達全員に彼氏が出来て、クリスマスにシングルベルを鳴らすのは自分だけだと知った真緒は思った。

(嘘つき!今年のクリスマスはみんなで過ごそうね、っていってたのにーーー!)

 思い出す。
『え、あんただけいないの?!てっきり一番初めにできるならあんたかと・・・・。ごめんね。でも、私、今年は彼と過ごしたいの・・・』
 申し訳なさそうに、でも譲らない光を浮かべて、友人達は内容に多少の違いがあれ、そう言ってきた。
 うん、いいよといって引き下がった真緒だったが、友人の最後の一人に手を振って分かれた帰り道、流石にがっくりと肩が落ちた。
 男が絡むと女の友情は薄くなるとは本当の事らしい。
 ああ、クリスマスなど来なければいいのに。

+ + +

「そんなに彼氏って大事なものですかねぇ?」
 真緒は特に彼氏が欲しいと思ったことはない。
 男の友達はいる。
 でも、二人きりで過ごしたいと思う相手はいない。
 不自由を感じた事もなかった。
「男の人も同じなんでしょうか。私は彼氏ほしいと思ったことはないんですよね。ねぇ、久さんはどう思います?」
「うーん、どうだろう。人それぞれじゃないかと思うけど?」
 首を傾けたまま、お隣のお兄さんは少し考え込んだ末にそういった。


 手土産片手に、真緒はお隣の家にお邪魔していた。
 お目当てはお隣の幼稚園児4歳の悠君。これがまた可愛いのだ。
 お姉ちゃんと愛らしい顔で懐かれたら、鬼瓦でも蕩けてゼリーになってしまうに違いない。
 遊びつかれて寝入ってしまった悠君に未練交じりの視線を送りながら、手土産のせんべいをかじりつつ、真緒は現在お隣のお兄さん相手に雑談をもちかけている。
 彼と悠君とは20近くも年の差があるあたり、親御さんは随分とがんばっちゃったんだな、と初めて年を聞いた時にはこっそり驚いたものだ。
 初めは彼こそ、悠君の若いお父さんかと思ったのだが、そのことは久さん本人には告げていない。
 流石にショックを受けるかもしれないから。
 独身で大学卒業したての今年23の男性が、4歳の男の子のお父さんだと勘違いされたと知ったら、やっぱりねぇ?ちょっと落ち込んでしまうのではないかと思う。
 現在、悠君のお兄さん、久さんは二人で一緒に暮らしている。御両親は海外でお仕事をしているらしい。
 年の離れた兄弟は仲が良くて、親御さんは彼に任せておけば安心だといって、心配のかけらも見せず海外へ飛び立ったのだという。

『子供の頃は人格の形成期だし、海外で育つのも一つの手だと思うけれど、やっぱり日本で暮らさせてあげたいの』

 そう頼まれたら嫌とはいえないよね、等と苦笑交じりに久さんは話してくれた。
 悠君と仲良くなったのは今年の春だったが、今やそのお兄さんも茶飲み友達だ。
 悠君と散々遊んだ後、こうして二人でお茶を飲んだり、時には寝入ってしまった悠君を起こしてから、夕食を共にすることもある。
 会話の端々に溢れる悠君への愛情や、会話を交わす和やかな時間を、真緒は心地よく思っていた。
 たまにはお互いに愚痴を零す事もあるし、ちょっとしたきっかけで不機嫌になることもある。
 けれど、悠君の愛らしくて人懐こい笑顔や寝顔を見ていると、いつの間にか癒されている自分たちがいる。
 だから、真緒はここに来るのが好きだ。
 特に、心の隙間を埋めるには丁度いい。

「別に人に合わせる必要はないと思うよ。本当に人それぞれだから」
「そう思ってたんですけどねー。流石に、ここにきて皆から約束キャンセルされてしまうと。私って、彼氏より軽い存在なのかと」
 肩を落としてしまうわけだ。
 別に、彼氏と過ごすのはいい。でも、先に約束をしていたのは自分達とだったはずなのに。
 一人、一人と約束の輪から抜けていき、最後に残されたのは真緒一人。
 約束は守られない。
「クリスマスに過ごす相手がいないことよりも、それがショックだったんだね」
 多分そうなのだろう。
 自分の存在が思っていたほど、友人たちにとっては重くはなかったのだと知るのは少し辛い。
 ぽんぽん、と慰めるように頭の上に置かれたお兄さんの手が心地よかった。
 そういえば悠君にもよくやっているのを見かける気がする。癖なのかもしれない。

「お友達もそこまでは考えていなかったとおもうけれどね」
 恋心ってのは熱病みたいなところがあるから、とお隣のお兄さんは何かを思い出すような目をしながら言う。
 そんな経験でもあるのだろうか。
「君の存在が軽いというわけではないと思うよ。ただ、熱に浮かされているようなものなんだ。常と違う状態だから、見境や分別を無くし易いんだね、きっと」
「うーん」
「そのうち、多分落ち着いてくるよ。どうしても、今が一番盛り上がりやすい時期でもあるしね」
「ですかね?」
「そうだと思うよ。そのうち、お互いが一緒にいるのは当たり前になってしまって、イベントなんて関係なくなるから」
「・・・そういう経験おありですか?」
「その辺は黙秘権」
 ふ、と笑いながらお隣のお兄さんは唇に指を一本あてる。

(ああ、きっとそういう経験があるんだろうな)

 それはそうだ、お兄さんも23。恋人がいないほうが不思議だ。
 顔立ちも悪くないし、性格もいい。包容力もありそうだ。
 やっぱりこの時期恋人がいない真緒のような人間のほうが希少なのだろうか。

 そうすると、今年のクリスマスは彼も恋人と過ごすんだろうかという疑問が沸いて出た。
 でも、そうなると悠君は?
 御両親が帰国するという線も捨て切れないが、話を聞いている感じ、クリスマスだとて戻ってきそうにない気がする。

「あの、久さんは今年は悠君と過ごすんですか?」

 直接、恋人と過ごすんですか、と聞けなかった。
 あんな話題をした後に聞いたらまるで僻んでるみたいだ。
 自分だけ一人、という現実を確認するのがイヤみたいに聞こえる。

「ああ、勿論。そうだ、よかったら君も来る?」
「え?私ですか?」
「そうそう。俺はサンタ役やらなければならないから。手伝ってくれると嬉しいんだけど」
「サンタ役?」
「そう。悠の為にね。本当なら父親がやる役なんだろうけど、いないから。代わりにやろうと思うんだ」
「久さんがですか?」
「うん、ヒゲつけて、赤い服を着てね。でも、俺と悠の二人しかいないと、俺がいなくなったら直ぐばれるだろう?気を逸らしてくれる役の相手が欲しいと思ってたんだ。真緒ちゃんがやってくれたらいいな、と前々から思ってて。でも、クリスマスだから予定もあるだろうしと誘えなかったんだけどね――君の予定は丁度空いた所みたいだから」
 寝息を立てる悠君に一瞬優しい視線を投げかけた後、お兄さんはこちらへ向き直って、「どうかな?」と首をかしげた。
「いいですけど。私でいいんですか?」
 恋人は、とはやっぱり聞けなかったけれど、それでお兄さんは察したようだった。
「ああ、大丈夫。今年はフリーだから」
「今年は、ですか」
「うん、ちょうど春頃別れたっきり、新しく付き合う相手を作ってないからね」
 春頃。丁度真緒とあったあたりか。
 あっさりと笑いながらいうあたり、ひょっとすると別れを切り出したのはお兄さんからなのかもしれない。
 作ってないという発言をとっても、やっぱりお兄さんはもててそうな気配がびしばしする。

「久さんは彼女は欲しくないんですか?」
「言ったよ、人それぞれだと思うって」
「ええ、だから、久さんの場合は、欲しくないのかなって」
「俺の場合か。そうだね、今のところ"彼女"が欲しいわけじゃないかな」
「どういうことですか?」
「彼女じゃなくていいから、傍にいて欲しい人はいるよ」
「その人とクリスマスを一緒に過ごさなくていいんですか?」
「・・・こたえにくい事聞くね、君」
 一瞬目を見張って、お兄さんは深く息を息を吸った。
 すぅーっと長く細く息を吐き出す。
 どうしたのだろう。
 ちろり、とこちらを見て、うーん、と小さく唸る様子を見せた。
「久さん?」
「えーとね・・・」
 お兄さんの目が泳ぎ始めた。
 真緒はそんなに答えにくいことを聞いた覚えがないのだが、お兄さんには何かひっかかることがあったのだろうか?
「あ、別にいいですよ、言わなくても!」
 そんなに言いづらいなら無理に言わなくてもいい。
「わかりました、お兄さんが特に問題ないなら、お邪魔させて頂きますから、クリスマス」
 どうせ、一人ぼっちのクリスマスになるくらいなら、大好きな悠くんや、お兄さんと穏やかな時間を過ごす方が楽しい。
「そこで引かれるのも・・・・あー。うーん、あのね」
「はい?」
「一緒に過ごしたい人って――君のことだから」
「・・・・え?」
「君。真緒ちゃん。・・・・・・でも、君、今彼氏なんて興味ないんだよね?だから、彼女になってもらえなくていいから、傍にいてくれると嬉しい。・・・引いた?」
「え?はい?えっ?」
「引いた?」
「いえ、それはないですけど。え?あの、び、びっくりしてます」
「だよね。・・・いうつもりは当分無かったんだけど、なんでだろうね」
「なんででしょうね」
「我ながら、さっきの誘いは悠にかこつけて――というか、本当にやるつもりだったんだけれど・・・ちょっとずるいとは思ったんだ」
 あー・・・と呻きながら、お兄さんは額に手を当てて俯いた。
「あの、私は悠君好きだし、丁度寂しくなってたところだったから、お誘い嬉しかったですよ?」
「ありがとう。・・・・でも、いつかは悠だけじゃなくて、俺のことも好きになってくれるといいんだけどね?」
「あ、そ、それはその・・・」
「いいよ、焦ってないし。君、当分彼氏はいらないと思ってるみたいだけど、茶飲み友達のお隣のお兄さんは欲しくない?」
「欲しいです」
「うん、そういうと思った。だからいいよ」
 お兄さんはそういってくすりと笑った。


「――クリスマス、楽しみになりました」
 あんなにこないでいいと思ったクリスマス。
 今年はなんだか違ったものになりそうな、そんな気がする。
 顔が自然と綻んだ。
 お兄さんは
「ケーキはショートケーキにしようね。大きないちごの乗ったやつ」
 ますます私がにこにこしそうな事をいって、私の頭を撫でた。


 そろそろ晩御飯食べようか、とお兄さんが立ち上がって台所に行った。
「悠を起こしておいて」と頼まれて、私は頷き、悠君の傍に歩いていく。
 悠君はのんきに眠っていた。
 その顔をみながら、もしかすると、来年も悠君と――お兄さんと一緒に過ごしているかもしれないとふと思った。
 今度はひょんなきっかけではなく、真緒が望んで。
 ほんのりと暖かくなった胸を押さえながら、真緒は明るい予感に微笑んだ。

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