「あら、坊ちゃま」
にこりと彼女は微笑んで、どうぞ、と僕をソファーに座るよう薦めてくれた。
彼女の部屋を訪ねるのは久しぶりだ。
若い女性の部屋に余り入り浸るのもよくないと、ここのところは僕からこちらに足を運ぶ事も少なくなっていた。
久々に訪ねた彼女の部屋は綺麗に片付いていて、勧められたソファーには綺麗なカバーがかかっていた。全体的に品のいいインテリア。
ありがとう、と礼を言いつつも、僕は腰をかけることは断った。
これからいうことを、彼女を立たせて、自分が座ったまま言い出すことは気が引ける。
「坊ちゃまは辞めてくれないか。もう20を超えてるのだし、君より僕のほうが年上なんだから」
「まぁ、鷹耶様とお呼びしなくてはいけませんでしたわね。申し訳ございません」
「様でなくてもいいよ。・・・えぇと、さん、づけ位にしてもらえないかな」
年上の上、雇い主の家族である。呼び捨てしろといわれても無理があるだろうから、せめてさん付けで。
彼女との壁は少しでも低い方がいい。
うーん、と暫く躊躇う様子を見せていたが、彼女は最終的にはさん付けで呼ぶことを了承してくれたようだった。
「わかりました、鷹耶さん。でよろしいですか?」
「ああ、それで構わない」
「本日は、私に何か御用ですか?鷹耶さんから話しかけられるのは久々の気が致します」
そういえば、そうかもしれない。彼女への恋心を意識しだしてから、なかなか話しかけにくくなった。
もし、彼女に鬱陶しいと思われたら?
堪えられないと思ったからだ。
しかし、今日は僕はある覚悟を持って臨んでいる。
「うん、実はね」
玉砕覚悟で告白に来たのだ。
「君が気になって仕方ないんだ。」
嫌な顔をされるかもしれないが、この諦めきれない恋心を整理するために。
「気になって・・・ですか?」
きょとん、とした顔で彼女は僕を見つめてきた。
その眼差しで見つめられるたび、僕はそわそわと落ち着かない気分になるというのを、きっと彼女は知らない。
「そうなんだ。・・・君がある日、空を飛んでいる姿を見てから僕は・・・」
「御覧になってたんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!」
大絶叫。顔面蒼白。彼女は血の気の引いた顔で、口をOの字に大きく開けて叫び声をあげていた。
僕の気のせいだとか、幻覚と片付けることなく、彼女は正面から自分は空を飛んでいたということを肯定している。
「うん。・・・やっぱり幻覚じゃなかったんだね?えぇと、もしかして見られちゃいけなかった、とか?」
「はい!」
「別に、僕は君を特殊能力の持ち主として追求したかったんじゃないんだけれど。内緒にしておかなきゃいけないなら、黙っているよ」
もっとも、今は中世の魔女狩りはないし、一般の人に見られたところで、ワイヤーアクションですの一言でごまかしが聞くだろう。
彼女もそう言い張ればよかったのに。
「いえ、内緒って言うか。その・・・御覧になったんですよね?」
「うん、何回か。この間の満月の日にも」
「御覧になったんですね・・・・私のパンツ!!!」
そっちか!!
「そっちは見てない!いつも見えなかった!なんだか暗くて!」
僕は必死で頭を振った。そんな誤解だけは嫌だ!まるで変質者じゃないか、そんなの!
「だって、気になるって・・・」
「パンツじゃなくて、君が、って意味だったんだけど・・・・」
なんだか間抜けな告白になった。
仕切りなおしを兼ねて、言い直してみる。
「要するに、かいつまんで言うと、君が好きだといいたかったんだけど」
ぼん、と彼女が真っ赤になった。
「え、あ、その・・・」
「君には迷惑だとは思ったんだけど、気持ちが抑えられなくてね。その、君が空を飛んでいるのを初めて見たとき、凄く自由で楽しそうだった。屋敷で働いている時の君の笑顔も素敵だけど、あの時ほど素晴らしい笑顔はないと思ったよ。初めは空を飛べる君が羨ましいと思ってこっそり見ていたんだけれど、そのうち、君自身を見るのが目的に変わってた」
できれば、君のそばであの楽しそうな笑顔を見てみたいと思ったけれど、空を飛べない僕にはそれは叶わない。
見つめるだけしかできなくて。
思いは募るばかり。
今日、こうして覚悟を決めるまで、何日もかかってしまった。その間にも思いは膨れ上がっている。
「君は、僕の事をどう思ってるかな?」
――長い沈黙が訪れた。
「やっぱり、ダメかな?」
絶望的、か。
悲壮な表情はすまいと思っていたのに、僕はどよんと落ち込んだ表情を顔に浮かべることを抑えられなかった。
「鷹耶さんは・・・」
「何かな?」
「私が空を飛んでいるところを御覧になったのですね?」
「うん」
「どう思いました?」
「どう思いました、って?さっき言ったよ。楽しそうだな、と思った」
「魔女とか悪魔と罵らないのですか?もしかして、私が魅了の魔法とかを使って自分を惚れさせたんじゃないか、とか」
「君、そんな魔法を使えるの?」
「いいえ、さっぱり」
「ふぅん、空を飛ぶ以外に何かできることはあるの?」
「いいえ、特には」
彼女は何を言いたいのだろう?僕にはよくわからない。
だけど。
「じゃあ、構わないじゃないか。大体君、魔女じゃなくて・・・・」
僕はにこりと微笑んだ。
「メイドさんなんだろう?」
メイドという職業に誇りをもっているといったのは彼女だ。
「趣味特技、空を飛ぶこと。うん、少し変わっているけど面白いんじゃないかな?」
僕にはそれ以上のことは言えない。
じっと彼女の表情を伺ってみる。
少しの間、彼女は放心しているように見えた。
「えぇと、都里子さん?」
空野都里子さん。ソラノトリコ、という響きは全く以って彼女に似つかわしい。
ややして、彼女の頬に血色が上る。
「あの、私・・・」
「うん」
「メイド、ですか?」
「うん、優秀なメイドさんだと思ってるよ。・・・願わくば、僕の彼女という役柄にも着いてもらえればと思っているけれど」
それは叶わないかな?
「私、クビになりませんか?」
「僕が勝手に好きになって、勝手に告白しているんだからね。君が断ろうが、受け入れてくれようが、クビになんてしないよ」
「あ、いえ。そうではなくて。私、普通の人間じゃないのに・・・」
ああ、そういうことか。
「いや、気にしないよ。だって、君、空を飛ぶのが趣味のメイドさんなだけだろう?」
大体、うちの両親は物凄くおおらかで、細かい事は気にしないたちだ。彼女が空を飛ぼうが飛ぶまいが、きっちり仕事をしてくれる分には全く気にしないに違いない。寧ろ面白がるのではないだろうか?僕ははっきりいって、その両親の血を継いでいる。
「だから、そういうことは気にしないで、はっきりと言ってくれないか。気持ちの整理をつけに着たんだ」
ひたり、と彼女と眼を合わせて、思いが伝わるようにゆっくりと言った。
――果たして僕の思いは彼女の心に届いたらしい。
「メイドを続けさせていただけるのならば、喜んで」
彼女の言葉に天にも上る気持ちになったのは嘘ではない。今なら、僕も空を飛べるかもしれない。
そんなわけで、その後、僕は特技:空を飛ぶことのメイドさんと、時々一緒に空を飛びながら、デートをしている。
流石に、天にも昇る心地にはなっても、ただの人間がひとりで空を飛べるわけもなく、彼女の力を借りて飛んでいるのだが。
今のところ月と星だけが知っている秘密だ。いつかは僕の両親くらいにはばらすかもしれないが、きっと彼らは受け入れてくれるだろう。
そのときまでは、彼女は僕の家のただのメイドさん兼僕の彼女ということになる。
それは、幸いにして彼女に臨まれる雇い主(の家族)像の一つの形ではあるらしい。
僕の家のメイドさん改め僕のお嫁さんになってもらうにはどうすればいいのかは、目下検討中だ。
↑
Newvelランキングに参加中