本日は2月14日。人間界では、日頃お世話になっている相手に感謝の気持ちを込めて菓子やその他のプレゼントを贈る日である。
私がお世話になっている方といえばもちろん魔王様!…とトリフェ様だ。
「魔王様とトリフェ様の為に、今日のお茶会にあわせて甘味をお取り寄せいたしました。なんと56種類、全てチョコレートでございます。飽きが来ない工夫をしてみました」
魔王様のお心に叶うよう、一生懸命考えてみた。
私は魔王様の召使。
具体的な職務内容は、魔王様のお世話。
魔王様に日々満足した生活を送っていただけるよう、お手伝いする身である。
今のところ、彼に仕える唯一の召使ではあるものの、飽きられたらポイ…捨てされるだけならまだよいが、うっかり殺されてはたまったものではない。
だからこそ、魔王様に喜んでいただけるよう、日々私は色々な工夫を凝らしている。
今日も、この趣向なら、きっとご満足いただけるだろう、という布陣で臨むことにした。
56種類。これだけたくさんあれば私の感謝の程もわかろうというものだ。
今は通販でこのようなものを人間界から輸入できるのだから、魔界も捨てたものではないなとしみじみ思う。
「飽きが来ない工夫。確かにそれは素晴らしいな。お前もやればできるのだな」
魔王様は感嘆の声をあげた。
…やればできる、の一言は余計です、魔王様。
早速、魔王様はそのうちの一つ手にとってお召し上がりになった。
傍らのトリフェ様もつられて一つ。
「お前はいらんのか?」
「今日は魔王様とトリフェ様の為に開いた会ですから。いりません」
「そうか」
少し拍子抜けしたような調子で魔王様が言った。
そんなにも私は甘味に対して食い意地を張っていただろうか?・・・張っていたかもしれない。
しかし、今日この時だけは違うのだ。
だって、今日は日頃お世話になっている方へ感謝をささげる日なのだから。
「はい。どんどん召し上がってください。たくさんありますから」
「そうか」
「はい、トリフェ様もお召し上がりになってください」
「ああ…無論」
なぜか妙にアツイ視線がトリフェ様から注がれている気がして、私は落ち着かない。
そんなに大量のチョコレートに感動したのだろうか。
近場にあったチョコレートの包みを解き、トリフェ様の口につっこんだ。
「ほらほら、美味しいでしょう…今のところは」
突っ込んだチョコレートが余程おいしかったのか、ごほごほ咳をしながらむせび泣くほど感動しているトリフェ様を放置して、私は魔王様に向かって「はい、あーん」とチョコレートを食べさせようとした。が、残念。つれない魔王様は、唇を固く閉じて拒否をする。
魔王様は、本当に照れやさんだなぁと思う。
魔王様は口元をガードしながら、私に向かって強張った表情を向けた。
「…まて、今のところは、とはなんだ。毒でももったか?!」
「まさか、世界で一番憎いガサガサ動く黒い妖精さんよりも、更に丈夫そうな魔王様方に、そんなわかりやすいことはいたしませんよ」
「…その例えは限りなく不愉快だが、お前よりは丈夫なことは否定せん。それに、毒が入っていたら見分けるくらいはできる。だから、口に入れる前にそもそも気づくだろうな…毒が入っている気配はしなかったし、確かに入っていなかった。これは只のチョコレートだ」
「あ。やっぱり見分けられるんですか」
「試そうとしてたのか」
「ほんの小指の先ほどだけ」
私は親指と人差し指を使って、小指の大きさほどの空間を作って見せた。かわいらしくえへ、と笑ってみる。
――魔王様の凍りつくようなまなざしが私を貫いた。
そんな、ちょっとした冗談なのに。
「八つ裂きにされたいのか」
「いえ、切り刻まれてエクスタシーに浸る趣味などかけらもございません」
「そうか…ならば、何をやった?」
「いえ、何も」
「…本当か?」
魔王様は物凄く不審な目で私を見つめてきた。
失敬な。
「購入した物には一切手を加えておりませんのでご安心ください」
「…そうか。そういえば包みは解かれていなかったな。確かに」
「はい、そうです」
「ならば、良いか」
ようやく安心したように魔王様はまた別のチョコレートに手を出した。
「先ほどから気になっていたが、それは何だ?」
魔王様がいうのは、私が用意したチョコを積み上げた卓のすぐ横におかれた物のことだった。
口にものを入れながら喋るのはお行儀悪いですよ、と注意しかけて私は今日くらいはいいかと寛大な心で許すことにした。
今日くらいはいいだろう。
なにせ、お世話になっている方へ感謝を示す日なのだから。
魔王様はさらに新しいチョコレートへ手を伸ばしている。
トリフェ様も魔王様の言葉に注意を引かれたようで、同じものへ視線を向けていた。
「今まであんなものはなかっただろう。物凄くこの部屋で浮いているが、あれは…」
私は魔王様の訝しげな声に応えてうなずいて見せた。
「はい、ご説明いたしますね。本日は日頃の感謝を表す日ですから…」
いって私は、にっこりと微笑んだ。
「アフターケアも万全、なんです」
「「アフターケア?」」
魔王様とトリフェ様、二人の声が重なった。
「アフターケアです。この後、きっとお役に立てていただけるだろうと思いまして」
「なぜだ?アレにはリラックス効果があるのか?それとも、エネルギー消費に役立つようなダイエット効果でもあるのか?」
魔王様がいう「アレ」とは一見、何の変哲もない魔王様の玉座そっくりの椅子。
しかし、重大な秘密が一つ隠されている優れものなのだ。
ただし、魔王様のおっしゃるような効果はない。
わたしは魔王様の言葉を否定するように首を振った。
「いいえ、この後、魔王様がご気分が悪くなっても大丈夫なように、玉座型のおまるを用意させていただいたんです…トリフェ様の分はご用意できなかったので、ご自身でなんとかしてもらいたいと思っておりますが」
私は輝くような微笑で答えた。
もちろん、かの玉座そっくりのおまるは特注だ。
注文時には工房に渋い顔をされた。
それも役に立つ時はもう間近にやってこようとしている。
「なぜ、そんなものを…」
怒鳴りつける魔王様の声が急に途切れた。
急激に顔色が変わっていく。
「あ…やはりそろそろでしたか」
「こ、これはなんだ…」
魔王様は口元を必死で抑えながら、私にお尋ねになった。
「物凄い苦いチョコレートです」
「く、口直しを…」
はい、といわれるがままに差し出した別のチョコレートを口に入れた魔王様は、さらに悶絶した。
「な、なんだこの過剰な甘さが舌にまとわりつくようなチョコは!く、口直しを・・・」
私はさらにもう一つチョコレートを差し出した。
そして魔王様はひったくるようにそれを受け取って口に入れ…
「これはチョコレートとみとめん」
涙目でチーズの香り漂うチョコレートをつっかえした。
「えー、まだあるんですよ!全部召し上がってくださいね!」
「そんなに食えるか!」
「え、でも…これ賞味期限が今日までなんです。だからしっかり召し上がってくださいね!」
今日の為に取り寄せたのだ。賞味期限が今日でも問題あるまい。
「お二人ならきっと召し上がってくださると信じております」
受け取って、私の心!
「たわけーーーー!!!!」
魔王様が怒声とともに、私を部屋から放り出した。
えぇぇぇ、なんで。私の部屋なのに。
――私は部屋を放り出されたまま、その後しばらく部屋に入れてもらえなかった。
+ + +
「お前は、アホか!調べたら、お前が用意したチョコレートを全部食べたら体調が急激におかしくなったという実験結果が公表されていたではないか!」
今日も魔王様の叱責の声が飛ぶ。
私も一応は言い訳を試みることにした。
「ええ、だから体調が悪くなっても大丈夫なように、ご用意させていただいたんですよ、おまる」
「その気遣いをする前に、体調が悪くなるようなものをよこすな!」
「…はい」
せっかくの企画だったのに大失敗だったらしい。
言い訳も火に油を注ぐだけだったようだ。もう大失敗。
私はしょんぼりと肩を落とした。
「あの後、トリフェは泣きながらあれを全部食べてたんだぞ。良心は疼かないのか!」
「トリフェ様、召し上がったんですか…」
「ああ。…それと俺もな」
物凄く不愉快そうな顔で、魔王様がそう告げた。
「…魔王様も?」
「ああ。今度はまともなものを用意しろ。…そうしたら、褒めてやる」
「……はいっ!」
私は満面の笑みでうなづいた。
(……トリフェ様にも一応、後でお礼をいっておこうか)
ほんの少しだけ、良心が疼くから。
結局あの用意したおまるは誰も使わなかったらしいが、捨てられはしなかったらしい。
魔王城の片隅に、観光名所として置かれているのをだいぶ後になって私は知ることとなった。
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