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魔王様の召使の君
2-2.でんでんはアイの架け橋

 咳払いを一つ。

「トリフェ様」
「なんだ?」
「相談に乗る前に、その、お仕事は如何しました?」
 貴方、魔王様の側近ですよね?
 こんな所にお茶しにくるお時間ございますか?
 寧ろ、とっととお帰りになりませんか?
 言葉には出来ない思いを綺麗に隠した笑顔で、私は彼の返事を待った。
「今日の分はすべて終えてきた」
 終了ー!
 私の期待は儚く散った。
「そうですか、流石魔王様の側近ですね」
 適当なヨイショで誤魔化した。
「では、私でお役に立てるかわかりませんが、ご相談に乗りましょう。ただし、魔王様がお帰りになるまでには終わらせて頂きますね」
「ああ」
 お茶を彼にもういっぱい勧めると、自分も失礼して座らせていただく。
 もし又彼の顔が崩れたらと思うと怖くて正面には座れない。
 彼から向かって90度になる位置に座る事にする。
 確か、商売をやっている友人から、人と商談などをするときに、対面や隣よりもこちらのほうがお客さんの懐に入りやすいと聞いた。
 相談を乗るにしても、きっとそのほうがいいだろう。
 そして、とっとと帰ってもらうのだ。


「えぇと、妹さんに虫が付いたということですが。・・・文字通り虫がくっ付いたとかそういうオチではないですよね・・・?例えば木から落ちてきたとかそういう・・・」
 話の流れからして、多分違うと思うのだけれども。
「違う」
 ああ、やっぱり。
 すると、虫というのはやはり・・・・
「でんでんですか?」
 でんでんとは、人間界でいうでんでんむしと呼ばれる虫にそっくりの形をしているアイテムのことだ。
 思う相手ができると、それに自分の言葉を託して、贈り物と共に相手に贈るのが魔界の最近の流行となっている。
 そんなまどろっこしいことをせずとも直接告白しろよ、と思うのだが彼らは魔物である。
 感情が高ぶると、普段抑えている力がうっかり解放されて、あたり一面焼け野原! なんて大惨事にことになる場合も多々あるため、本人同士が直接思いをぶつけ合ったり、あるいは傷つけあったりして、周囲に被害を与えることは極力少ない方がよろしい、ということなのだそうだ。
 そこでこういったアイテムの利用が尊ばれるのである。
 さらにこのでんでん、自分と相手のところに番で置いておけば、離れた場所にいても話せるという遠話機能までついている。
 力の強い魔物同士ならば、そんなアイテムなどなくても遠距離で会話することができるのだが、普通以下の魔物であればそれはかなわないということで、恋人同士の間で重宝されているそうだ。
 魔物といえど、そこら辺は人間と代わらないらしい。
 虫が付いた、というのはこのでんでんを送り返さず受け取ったことをいう。要するに告白にOKした状態で、彼らは恋人同士ということになる。
「ああ、そうだ。私の目の黒いうちは妹にそのようなものを送りつける奴の存在を許すまいと思っていたというに!!」
 がん、とテーブルが叩かれた。
 凄い衝撃が部屋に走る。ぐらりと部屋が大きく揺れた。私の体が上下に跳ねる。これでも壊れない私の部屋のテーブルと椅子。
 流石は特別製だ。
 素晴らしい。私の部屋の家具はすべて特別製らしい。
 ただの召使の部屋を特別製家具で揃えたのにはきちんと理由があったのか。
 ひょっとしてこういう事態を予想してのことだったのかもしれない。
 魔王が10人暴れても壊れないという売り込み文句が、まんざら嘘ではなかった事に感動さえ覚える。
 少なくとも魔王様の側近一人が多少暴れても壊れなかった。
 そんな感動に浸りながらも、彼を観察すればまだご機嫌斜めのまま。よくない兆候だ。
 そもそも目は黒じゃなくて紫色じゃ、と心の中でつっこみつつ、トリフェ様がこれ以上暴れるようなら彼から離れようと、中腰でいつでも逃げられるようにこっそり立ち上がった。
 しかし、私の考えなど浅知恵もいいところだった。
「どこにいく気だ?」というトリフェ様の声に引き止められる。
 ばれた。無駄な足掻きだった。
 やはり彼を誤魔化して逃げ出すのは至難の業だった。
 そもそもまず座った位置が悪かったか。ここでは距離が近すぎる。
「あ、その・・・お茶のお代わりでも・・・と」
 にへらと笑って誤魔化して、そそくさとお茶を入れ替えに行った。
「ささ、どうぞ」
 こぽこぽこぽ、といい音をたてて彼の茶碗に入れ替えたばかりのお茶を注いだ。
 辺りに流れるびみょーな空気をごまかそうと(もっとも彼はKYだからその微妙な空気を読んでいない可能性もあるが念のため)口を開く。
「でんでんを送られた妹さんのお話でしたね」
 きちんと聞いていたことをさりげなくアピール。
 私ってなんと涙ぐましいことをしているのだろう。
「そうなのだ。すぐに報復をと思ったが、お前のやり方だと国が壊れかねないからやめろ、と魔王様がおっしゃってな」
「まぁ、トリフェ様が力を全開になさったら大変な事になりそうですものね」
 妹に男の影が見えただけでご大層な。
 人間界ではシスコンといわれて、度が過ぎれば白い目で見られる存在なのだが。はたして魔界ではどうなのだろう。
「そこで思い出した。お前は無力な人間だ」
「その通りでございます」
 だから、とっとと帰ってください。無害な人間の心臓に刺激を与えないで下さい。
「お前ならば、相手の男に報復したい場合、妹にばれずにやるにはどうする?」
「妹様にばれないように、ですか?」
「ああ」
「トリフェ様のお力を使った時点で完全にばれないように、というのは難しいかと・・・」
 勿論、繊細な力加減でうまくコントロールすれば大丈夫だろうが、このシスコンぶりではソレはあやしい。

「そうか・・・」
「しょぼくれないでください!」
「しょぼ?」
 あ、間違えた。
 しょぼくれたように見えたから、ついいってしまった。
「しょ、衝動に負けないで下さい、と申し上げました。そう、今は堪える時です」
「堪える?」
「ええ、お相手は何方かわかっていらっしゃるのでしたら、相手を徹底的に調査してやるんです。そして、まず弱みを掴む。力など使わなくとも、相手を陥れてやればいいのです。魔物として尊敬できない状態にさせておやりになればいいでしょう。人間とトリフェ様達魔物様は違う存在ですから、同じように参るかはわかりませんが、要するに妹様の方から相手の殿方を寄せ付けたくない気持ちになるようにしてやればいいのです。それでも男の方から近づいてくるようでしたら、妹様が御迷惑されているという理由で排除なさればいいと思います」
「なるほど」
「力技は最後の手段です」
「そうか」
「そうです。参考意見の一つにしていただければ幸いです」
 よし、なんとか終わったぞ。
「私も少しはお役に立てましたでしょうか?私如きの意見だけでは参考として足らないかもしれませんので、他の方にも是非御意見をお求めになってください」
「ふむ、そうするか」
「そうしてください」
 そうだ、そうしてそのまま去ってくれ。

 相談も一区切りついて、どうやら私の望みどおり、彼は帰ってくれるようだ。
「今日も茶がうまかった」
「そうですか、ありがとうございます。そうそう、何度も申し上げておりますが、予めおっしゃっていただければ、もう少しお持て成しできると思いますので、ご連絡頂けると嬉しいです。」
 私は彼が初めてここでお茶を飲んでいってから何度目になるかわからない口上を述べる。
 もう、無駄だろうが、言わずにはいられない。
 心臓に悪いのだ、本当に。頼むから連絡くらい事前にして欲しい。勿論、連絡があれば今日は用事があるといって断ってやるのだが。生憎、この素晴らしい計画はいまだ実現した事はない。
「いや、あれで充分だ」
「そうおっしゃらずに」
「ふむ。・・・そうか、わかった」
「お、お分かりいただけましたか!」
「お前にでんでんを置いておこう。私が行く前にでんでんで告げればいいのだな」
 ・・・・・・・・。
「あの、恐れ多いのでお断りさせてください」
 もう膝に額がつく勢いで、全力で頭を下げて断らせていただいた。

(そんな、余計に心臓に悪いものうけとれるかぁぁぁぁぁ!!)

 唐突に彼の声だけが部屋に届けられてみろ、びっくりして心臓が止まってしまう。
 考えても見て欲しい、ただでさえ魔王様のお世話係といって、気楽だが一歩間違えると自分の生命の火が消える仕事をしているのに、さらにもう一つ爆弾を身近に抱えるだなんて。息が詰まる。



 断った後のトリフェ様が心なしか表情を曇らせた気がするのは目にゴミでもはいったのだろうか?
 その割りに目は痛そうには見えなかった。
 なんだか寂しそうなトリフェ様の背中を見送りながら、きっとそう見えるのは気のせいだと私は自分に言い聞かせた。


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