魔王様の召使の君
番外.誤った判断

 その日、盛大な異音が鳴り響いたのは、この魔界を統べる唯一の王の傍近くからだった。
 すわ魔王を不届きにも狙った曲者がいるのかと城内は殺気立った。
 そんな中、
「あのたわけ者を捕獲してきてくれるか、トリフェ」
 沈着冷静で、動じることを余り見ないと評判の魔王が青筋を立てながら、側近の一、トリフェへ笑顔を向けた。


+ + +

 トリフェは今、自分が膝をついて頭を垂れている状態であったことに感謝した。
 この状態であれば、かの君に自分の表情を見られることはない。
 衝撃が押し殺しきれず、わずかに瞠目した自分を恥じる。
 恐ろしいまでの怒気だった。
 わずかにでも油断すれば、自分の存在が消し飛ばされそうなほど、魔王の放つ怒気はすさまじい物だった。
 これほど怒らせて、「犯人」は無事で済むはずがないと、そう確信できるほどに。
 笑顔なのにコワイ。
 魔王を狙うなど、なんと 命知らずなのか。
 なんとか引きつりかけた顔を整えて、主君を仰ぎ見ることに成功した自分をトリフェは心の中で自画自賛した。
 
「たわけ者と申しますと・・・・・・?」
 もう犯人がわかっているというのだろうか。
 自分には知りえなかった情報を既につかんでいる魔王へ尊敬の念をさらに抱く。

「勿論、アレだ」
 ぴくぴくと魔王は頬を引きつらせていた。
 手は拳の形に堅く握られている。
「アレとは・・・」
 言葉にされずとも、魔王の御心を察知してこその側近。
 けれども彼は今、自分の仕える主の言葉の先を読み取ることができなかった。
 魔王の指す「アレ」や「たわけ者」がわからない。
 まさか、身近な者なのか。
 一体、誰が恐れ多くも、魔王の命を狙ったというのだろう。
 トリフェは自らが第一の側近という自負があった。
 彼の君の心を全く汲み取れないなどということがあろうとは思いもしなかった。
 トリフェはめまぐるしく頭を回転させたが、心当たりは何もない。
 自分の部下を思い返してみるが、そのような大逆を働くほどの身の程知らずはいないと言い切れた。
 力の差を感じ取れないほどの無能を、トリフェは部下に抱えては居ないはずだった。
(一体、誰が・・・?)
 トリフェは魔王の言葉を待った。
 
「勿論、決まっている」

 魔王は玉座から立ち上がった。
 そして、そこから何かを取り上げた。

「このブーブー鳴るクッションをこんなところにおくのは、俺の召使に決まっている!即刻とらえよ!ただし、五体満足で、傷つけることなどないように。俺自らが成敗してくれる」
 
 魔王の震える手の先には、豚の鼻を模したかわいらしいデザインの円座のクッションがあった。
 どうやら、先ほど城中を震撼させた異音は、このクッションが犯人だったようだ。
 あっけにとられたような顔で、誰もが固まった。
 
「ぶ、ブーブー・・・」
「クッションだ。全く、驚かせおって。しかし、これだけ雁首そろえておいて、俺の玉座に異物があることに誰も気づかないとは、腑抜けにも程があるな」
「あ・・・」
「無能はいらん。以後気をつけるように。二度は許さん」
「はっ!畏まりました!」
「直ちに捕縛も開始せよ。ただし、重々扱いには気をつけろ」
「た、直ちに。念のためお伺いいたしますが、陛下の召使というと」
「決まっている、一人しかおるまい。俺に触れる唯一の召使だ」

 魔王の傍近くに仕えることを許されている唯一の召使は、確か人間だった。
 脆弱な人間を傷一つつけずに捕獲するというのはなかなかに難しい。
 特に相手が暴れれば暴れるほど、難易度は上がる。
 けれども、魔王がそう仰るならば、その通りにしなければならない。
 御意、と承り、皆が散り散りに出て行く。
 自分も捕縛の輪に加わろうと、トリフェも王城の回廊を走った。

 途中、麩菓子を食べ歩きしながらのほほんと「こんにちわ、お仕事大変そうですね」と声をかけてきたものが、探し人であることに気づかずに。

+ + +
 
 数刻の間手を尽くして探しても、彼女を見つけられなかった。
 こうなれば彼の主君に意見を求めなければならないだろう。
 まさかただの人間が彼をこうも手を煩わせるとはおもっていなかった。
 叱責を覚悟で魔王の元へ馳せ参じる。
 そこで、トリフェは呆然と立ちすくんだ。
 彼の主君の怒鳴り声と、能天気な娘の声の掛け合いが、目の前で展開している。

「たわけ!!食べ歩きは行儀が悪いからするなといったのはお前のほうではないか!」
「いえ、魔王様は王様ですから行儀作法は大事ですけど。私単なる召使ですし」
「言い訳はするな!誰であっても大事だ!特に、知性の欠片も感じられないお前には必須項目だ!だいたい、掃除するのは誰だと思っている!」
「私です」
「・・・・・・苦情を言われるのは誰だと思っている」
「・・・・・・それは、魔王様、なんでしょうか」
「その通りだ、ばか者め!メイド頭に苦情を言われるのは俺だ!そのつるんつるんの脳みそは飾り物か!飾り物だな!そんな頭はこうしてくれる、こうしてくれる!」
「ちょ、魔王様、私のつるつるで美々しい脳みそから、さらに知能が零れ落ちてしまいます!」
「いっそ生まれたときからやり直せーーー!って、いい加減この台詞も言い飽いたわ!」

 ぴこぴこハンマーと呼ばれる人間界の子供の玩具が魔王の手に握られていた。
 もう片方の手には、茶色のふわふわした髪の人間の女の頭が納まっている。
 ぴこぴこハンマーをその女に叩きつけて「ぴこ」「ぴこ」とリズミカルな音を奏でながら、魔王が怒鳴りつけていた。
 あの魔王が、あれほど怒鳴りつけてもへこたれない人間がいる。
 驚きだった。
 しかも、トリフェの存在を揺るがすほどの怒気を放っていたはずなのに、魔王はあの人間を殺していない。
 そればかりか、この上なく手加減しているのが手元にある「ピコピコハンマー」から想像できた。
 ふらふらと、トリフェはそんな魔王の御前に出ると、膝をついた。

「陛下」
「・・・・・・遅かったな、あの後こいつは自らのこのこやってきたぞ。まさかまだ探していたのか」
 そのまさかです、とはトリフェはいえなかった。
「お前達、通達は一本化し、逐次状況判断をする司令塔くらいおけ。でなければ無駄が多くて仕方ないわ。お前達上級魔族は個人個人の能力は高いが、組織の使い方がなってない。もう少し頭を使え。この分だと、こいつよりも使えんぞ」
 魔王はゆさゆさと女――魔王付きの唯一の召使の頭をさらにゆすった。
 こいつよりも使えない、といわれた対象は魔王に怒鳴られても恐怖の片鱗すら見せなかった。

「ちょ、あんまりゆすると、昨晩の魔王様の寝顔ベストショットを忘れてしまうじゃないですか!」
「そんなもの忘れてしまえ!!」
 ひとしきり揺さぶると、ぺいっと魔王は召使を部屋の外へ放り出した。
 そして、その足でトリフェの前へ戻ってきた。
「なにをふぬけている」
「はっ。いえ、陛下のご命令を遂行できませんでしたので、罰をお与えいただこうと」
「いちいちそんな面倒なことしていられるか。既にあいつ相手に気力は根こそぎ奪われているわ!」
「しかし」
「煩い。お前も退出しろ」
「はい」
「まじめなのはいいが、もう少し柔軟性を言うものを養え。少し、あいつに学ぶくらいでいいぞ」
「あいつ?」
「さっき出て行っただろう」
「陛下の」
「召使だ」
 とりあえず今日は休めと言って、魔王はトリフェを退出させた。

+ + +
「彼女に、学ぶ・・・」
 ふらふらと、色代もそこそこにトリフェは謁見室を退出した。
 確かに、言われてみれば彼女に見習うべき点は多そうだった。
 あの魔王の召使が、只の人間であるはずがなかったのだ。今まで注意一つしていなかった自分がおかしかった。
 あの魔王に臆しないことといい、自分達に足りないものをああした「ブーブークッション」一つで指摘してしまう知恵といい、普段はおろかなふりをしているところといい。
 どんな逆境でもめげず笑顔なことといい。なるほど、魔王が手加減してまで彼女の命を惜しむほど有能なわけだ。
 彼女を見ていれば、何か新しく得られるものがありそうだった。



 まさか、冗談の一言がトリフェを変えてしまうとはしらず、魔王は
「もう少し融通が利くようになってくれればいいのだがな」とつぶやいて、トリフェの背中を見送ったのだった。

Fin

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