彼のために、というと大変に押し付けがましい。
私もそう取られるのは本意ではなかった。
だからこそ、注意深く言葉を選んで、余り押し付けがましくならないように
”この婚約はやはり不自然だということ。”
”お互いのために、ここで婚約破棄に至ったほうがいいという結論に至ったこと。”
”婚約破棄をするなら今しかない。その為、ひそかに動いていたこと。”
”しかし、この婚約破棄は私から言い出すのだから、相応の埋め合わせは考えているということ。”をなんとか伝えたのだが。
彼の笑顔の圧力に耐えながら、『説明』を試みた私を、
「いい迷惑です」
彼はその一言ですっぱりと切り捨てた。
キツイ一言を口にしながらも、いまだ柔らかい笑顔を浮かべているあたり、彼は実は結構、『イイ』性格だと思う。
* * *
「め、迷惑って・・・」
その一言は見えないガラスとなって、瞬間風速30mくらいの勢いで私の心臓に刺さった。
心の傷からぷしっと勢いよく血が吹いた。・・・・・・ような錯覚を覚える。アイタタタ。
人を言葉だけで物理的に傷つけられるなら、きっと縫合が必要なレベルだろう。我ながら柔な心臓だこと。
私自身は彼に余りキツイ態度を取られたことがなかった為、高々こんな短い言葉で傷つけられる日が来るとは予想だにしていなかった。
彼に言われた台詞でなければ、この程度の一言、へのかっぱなのだが、彼の口から言われるとなんだか重かった。
おねいさん、年下の婚約者殿に今まで結構甘やかされていたみたい。
ガードなどしていなかっただけに、思いっきり直撃コースだ。
形ばかり残念だといわれることは想像していても、まさか迷惑だと言われるとは思ってもいなかった。
婚約破棄を言い出したら、きっと喜ぶだろうと思っていた私は、もしかしてお目出度すぎたのかもしれない。
喜ぶどころか、寧ろ怒らせた。
未だに解除されない敬語モードの彼がその証拠だ。
やっぱり一人突っ走りすぎただろうか。押し付けがましいと思われたか。
「貴方のお気持ちは大変ありがたいですが」
彼は申し訳なさそうに苦笑した。
「でも、迷惑なんです――デメリットのほうが大きいんですよ。婚約破棄したほうがね」
「業務提携の話?」
「それ以外にもです。菫紀さんはこの婚約で得られるのは政略的なメリットだけだと思っていましたか?」
「そうじゃないの?」
それ以外にあっただろうか。でなければ、7つの年の差、女のほうが上なんて無茶苦茶な婚約は仕組まれなかったと思うのだ。
普通はもうちょっとどうにか・・・それなりに釣り合いというものを考えるのではないだろうか。
確かにお互いの両親の仲が良かったというのも勿論あるけれど、やはりそれだけでは決め手にはかける。
「――菫紀さん側はそうかもしれませんね。けれど・・・・・・」
「宋矢(そうや)君の方は違うの?」
「ええ」
頷く彼を見て、私はこの婚約の一面しか見ていなかったことに気づかされた。
目から鱗が落ちた気分だ。
私は自分の側から見たメリットデメリットだけを見比べていた。
けれども、彼の側には又別のメリットデメリットがあり、その為にこの婚約を承諾したのだとすれば。
私の申し出は本当に余計なお世話だ。そればかりか、まるで彼のためであるような言い方(にしたつもりはないのだが、そう取られても仕方ない内容だった)をされては――彼が怒っても仕方ないかもしれない。
私は一体何年生きているのだろう。
7年分彼よりも長く生きているはずなのに、ちっとも相手のことを思いやれるオトナになりきれていない。想像力も大分欠けている。
私は情けないな、としょんぼりうつむいた。
* * *
「デメリットの話をしましょうか。正確に言えば、大きなメリットが婚約破棄によって損なわれるので、デメリットのほうが大きくなるという表現のほうが正しいのですが」
「メリット・・・・・・」
「両親は政略結婚を俺に強いる代わりに一つ約束をくれたんです」
「どんな?」
首を傾げた私に、彼は大事な宝物を慈しむような表情で、その言葉を吐き出した。
「“願い事を代わりに一つ叶えてあげるよ”」
「・・・・・・願い事?」
なんだか、御伽噺でも聞いているようだった。
「犯罪に触れない範囲ならば、という注釈がつくものですがね。なんでも一つだけ叶えてあげると」
犯罪に触れない範囲、というのが大分現実的だが、逆に言えば合法であればどんな願いでも力技で叶えてあげるとも取れる。
「それで・・・・・・?」
「俺は勿論、願い事を一つしました。貴方と婚約を続け、そして結婚すれば、その願い事を叶えてもらえるんです」
「婚約破棄すれば・・・?」
「当然、叶えてもらえません」
「つまり私の申し出は」
「だから迷惑だと申し上げました。ああ・・・・・・もっとも、菫紀さんが叶えてくださるというのならそれでもいいですよ?」
「私が?」
「結果的に願いがかなうのであれば、それが両親の手であっても、菫紀さんの手であっても構いません」
要は願いがかなえばそれでいいんです。
彼はそう言ってふっと微笑った。
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