短編
彼の欠点

 杉江 恒規(すぎえ つねのり) という男がいる。17歳、ぴちぴちの男子高校生。
 およそ少女漫画で使われそうな四字熟語の美辞麗句の悉くが似合う男だ。一部では完全無欠だと評判もあるのだとか。
 例えば、入学したての一年生の女子とかの間では。曰く頭がいい、スポーツができる、格好いい・・・そうである。

 けれど、生憎と私、小阪 明姫(こさか あき)は彼には大きな欠点が一つあるのを知っていたし、二年生以上――特にうちのクラスメイトなどは知っているだろう。
 もしかすると、学年全体でも良く知られているかもしれない。彼の欠点。

 人によっては顔がよければそんなことなんでもないと言い切るのかもしれないが、私には理解することが難しかった。
 彼にとって唯一の欠点といえば間違いない。趣味がちょっとアレなことだろう。
 日本語とはこういうとき非常に便利だ。ニュアンスでわかってほしい。
 少々問題ありなのだということが伝わればそれで十分だ。お茶を濁したくなる程度に、問題があるのだ。
 
 私が、それを知ったときには開いた口がふさがらなかった――彼は御年三歳の頃にはもう「そう」だったらしい。本人から聞いた。
 もう、彼は17歳。
 育ちきってほぼ人格形成も趣味嗜好も固まってしまった今では、矯正することはもはや不可能とは言わないまでも、難しいことは疑いない。いや、3歳で既にそういう自覚があったというのだから、生まれつきの可能性が高い。例えご幼少の砌であっても矯正は無理であったか。
 言い忘れていたが、私と彼は幼馴染というやつだ。筒井筒の仲。
 中学の間は三年ほど離れていたが、高校で再会した。そのときに初めて、彼の趣味の悪さを知ることとなった。
 ・・・・・・勿論、例えどんなに趣味が悪かろうと、それは人の勝手だ。人の趣味に口なんて出したくはない。
 勝手に好きにやればいいと思う――自分に害が及ばないものであるのならば。
 ところが、彼の悪趣味に私はばっちりと巻き込まれている。
 勘弁してくれろ。
 私の思いは届かない。
  
 ――再会したあの日、彼は大事な話があるのだと私を呼び出すと、真剣な顔で告げたのだった。
 その日のことは私の人生に暗雲が漂い始めた日として今でも忘れられない。
 彼の台詞は一語一句記憶している。

「三歳の頃から心に決めてました!俺をお前の下僕にしてください!」

 考え直せ。

 私は返事の代わりに彼を蹴飛ばしてやった。
「俺達の業界ではご褒美です」と言って彼は喜んだ。
 そう、彼は虐げられて喜ぶご趣味をお持ちの、余り一般的でない人間だったのだ。


 杉江は今日も私のそばに跪いて、命令を待っている。
 お前は忠犬ハチ公か。ハチ公のほうが断然可愛いのは間違いないが、彼にも幻の尻尾が見えそうだった。
 尻尾があったらぱたぱたと振っているだろう、お前。
正直そこにいられると席を立って移動することもできない。踏んで通ることはできるが、爽やかな笑顔を浮かべて、幸福そうに踏みにじられている姿を見たくないのでやるつもりがない。
いくら見た目がよくても性癖はアレ。
「思いっきり罵ってくれ!」と言われても、その・・・・・・困る。
 本当に、どうして彼はそんな風に目覚めてしまったのだろう。
 小学生のときはもう少し普通の美少年だったのに。

 ちらりと憂鬱そうな目で彼を見やれば、きらきらと輝いた目が答えた。
 ああ、本当に、どうしてくれようか。

「とりあえず、ジュース買って来て。オレンジ100%のやつね」

 チャリーンと小銭を落としてやれば、大急ぎで拾って「御意」と今時歴史小説の中でしか出てきそうにないような言葉をはくと、彼は一目散にこの教室から自動販売機に向かってかけ去っていった。
 お昼休み終了5分前。
 彼が休み時間の間に戻ってこられるのか微妙な線だ。

 間に合わなかったらどんなお仕置きをしてやろうか、と無意識に考え始めたことに気づいて私は我に返る。
 あぶないあぶない。

 間違いなく悪影響を彼から受けている。
 いつか、彼を虐げて喜ぶ女王様に自分が進化を遂げてしまうのではないだろうか、と私は今日も憂鬱だった。


 私は今日も憂鬱そうにため息をついていたので気づかなかった。
 後ろでひそひそと話しているクラスメイト達の声に。



「なあ、あれ単純に杉江が小阪に惚れてるだけじゃねーの?」
「そうでしょ。だって、小阪さん以外の人が彼を虐げても喜ばないわよ」
「やったのかよ」
「やろうとして、彼の微笑みに負けたわ。悪いけど、俺は小阪専用なんだ、ですって」


 ――彼の欠点は、間違いなく鈍い女に惚れてしまったことと、アプローチのまずさだとクラスメイトの中では評判だった。


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