その晩のことだ。
あたしは熱を出した。
多分、精神的なものからきたのだろう。今まで割と病気知らずだったのに、こんなことで熱を出すなんて、自分の脆さに笑ってしまう。
物心ついて以来誰から必要とされたこともなかった。
けれども、ご主人様は「着せ替え人形」として、あるいは「愛玩物」としてであっても、あたしを必要としてくれた。
その状況が崩れるかもしれないとなったとたん、あたしは不安定になった。
一度手に入れてしまった居心地のいい場所を失うのは恐ろしかったから。
どうすればご主人様があたしを望んでくれるのか。
そのことだけを常に考えているのに、あたしの身体はその気持ちを裏切るように育っていった。
その上、もう少し時間が経てば容色も衰えていく。人間だから、どんどん変わっていくのだ。それは自然なこと。でも、それはご主人様はきっと望まないこと。
だってあたしは彼の生きた着せ替え人形として拾われたのだから。人形は変わってはいけない。恒久的に変わらない姿形だからこそ、「人形」なのだ。
変わってしまったらきっと愛されなくなる。
魔族の彼は変わらないのに。
人間に比べれば、殆ど不老不死のような存在だから。
どんな立場になってもいい、彼の傍にいれれば。できることならなんでもしよう――だから捨てないで。
高熱で身体は熱いはずなのに、悪寒が身を走る。
あたしは自分の肩を抱くようにして膝を曲げて身体に押し付けるようにして小さくなった。
身の震えが止まらない。
身体のどこもかしこも痛いしだるい。
気持ちが悪い。
ああ、勝手に不安になって、そのくせ自分の主人を試すようなまねするから、こんなことになったのかもしれない。
ご主人様の手をそっけなく振り払ったあげく、この様だ。
「罰が当たったのかしら……」
呟く。
ご主人様は呆れているだろうか?
見捨てられてしまうだろうか?
きっと、自分の代わりなんてすぐに見つけてしまう。
自分は要らない子に、なる―――もしかするとこの瞬間にも。
「ご主人様……」
乾ききった喉から、ひび割れた声が出る。
ああ、情けない声、と内心自嘲していたら、側から応えが返ってあたしは仰天して固まった。
「なんだ?」と。
その美声は間違いなくあたしのご主人様のものだった。
+ + +
「ご主人様?」
「なんだ?」
あたしは重たい瞼を必死でこじ開けて、身体を起こした。
辺りを探るように見回して、すぐその存在を見つける。
あたしが横たわっていた寝台の間近に彼はいた。
「ご主人様?どうして…?」
「お前がおかしかったから見に来た」
当たり前のように彼はそういった。
寝ていろ、とご主人様はあたしに命じて、そのまま寝台の縁に腰掛けるようにした。
あたしは恐る恐る身体を再び寝台に横たえた。
首だけをご主人様の方に向けると、ご主人様は顔を少ししかめた。
(あきれ・・・・・・られちゃった?)
ああ、今すぐ捨てられるのかもしれない。
びくびくと身を縮めていると、あたしの額にまず冷たい指先が触れ、そしてぴたりと手のひらを当てられた。
冷たくて気持ちいい。
ご主人様はもともとあたしよりも体温が低い方だけれど、こんなに冷たく感じるということは、今、あたしは相当高熱なんだ。
情け無い身体。
「・・・・・・体が弱ってたんだな。人間は脆弱だ・・・・・・」
その声に恐れていた呆れは感じられなかった。
純粋に心配しているように聞こえる。
その言葉の響きに背を押されるようにして、あたしは聞いてみることにした。
「ご主人様・・・・」
普段聞きたくても聞けないで心にの奥にしまいこんでいた台詞も今なら口に出せる気がする。
――もし、彼があたしを要らないというのでも、暫くは熱のせいで覚えてないふりをしよう。
それから、身の振り方を本気で考えよう。
捨てられる前に、逃げ出してしまおう。
「ご主人様、聞きたいことがあるの。答えてくれる?」
「なんだ・・・?」
その声は優しい。
涙が出るほど。
「ご主人様は、あたしがもし・・・着せ替え人形のお人形にもできなくなっても、飼ってくれる?」
返事が怖くて目をつぶりたくなったけれど、あたしはご主人様の顔を頑張って見つめた。
答えて。
「・・・・・・」
やっぱり、要らないの?
「・・・・・・まさか、ずっと心配していたのか。そのせいで最近おかしかったのか?」
おかしいの、気付いていたの?
あたしの目に問いただす光を見つけたのか、彼は頷いた。
「ペットの様子がおかしいかどうか、わからなければ主人として失格だろう?」
ご主人様はあたしの頬を指先で軽くつついた。
「もう一つ、生き物を拾ったら、最期まで面倒を見るのがペットを飼う時の常識なのだろう?」
だから心配しないで寝てろ、とご主人様はあたしの頭を撫でてくれた。
「着せ替え人形だけなら、本物の人形――アリスがいる。お前は可愛いペットだろう。愛玩物は、愛でられるのが仕事の生き物だ。思い煩うことなく、そこにいればいい」
その言葉だけで十分だった。
あたしは安心するように微笑んで、そのまま寝入ってしまった。
翌朝、熱も大分下がったあたしは傍らに目を閉じて眠るご主人様を発見した。
綺麗な綺麗なご主人様。
何故か、寝顔を見ていたら心臓の鼓動が早くなった。
昨夜、ご主人様がくれた言葉が頭の中で再生される。
「お前は可愛いペットだろう」
(――あれ、どうして?)
不思議だ。
昨日はあれだけ安心した言葉だったのに、今日は何故か胸が痛む。
最期まで面倒を見てくれると、彼はそう約束してくれたのに、何がこんなにあたしを落ち着かせない気分にするのか、あたしにはわからなかった。
きっと、まだ熱が完全に下がっていないから。
そのせいだ、と結論付けてあたしはまた眠りについた。
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