モノゴコロついた時には、僕はお隣りの女の子が好きだった。
お隣りの女の子は佐和ちゃん。
黒髪ふわふわとウェーブのかかった長い髪をおさげにした、黒目がちの大きな瞳に、笑うとえくぼが浮かぶ本当に可愛い子だ。
所謂幼なじみという関係。
こっそり拝借して読んだ姉の漫画によると、幼なじみ同士は紆余曲折の末ハッピーエンド、というのがセオリーだ。
そう、年の割にかなりませており、頭の出来もよろしかった為、僕は齢6才のころには11歳離れた姉の本は既に読めるようになっていたのだ。
――が、僕は既にその頃には、物語のように世の中そう上手くいかないことも気付いていた。
かなり早熟だったのだろう。
ただ待っているだけで、お隣の女の子が自分を好いてくれるなどといった運命は転がってはいないだろうと早々に結論付けた。
だから、僕の好きな"佐和ちゃん"が頭がいいひとが好きとか、スポーツ万能の人が好きだというなら、軽く満たす自信はあったし、悪いヤツが好きというなら人の道に外れない程度にアウトロー人生を送ることも覚悟していた。
彼女のためならそれくらいなんということもない。
齢6歳にして、僕は人生設計をお隣の大好きで大好きで仕方ない女の子の為だけに立てる決意をしていた。
けれども、敵は予想以上に手強かった。
僕は彼女が好きだから、彼女の視線の先を追う。
すると、たいていの場合綺麗なお姉さんとか、可愛らしい女の子ばかりだ。
最初は他に男に気をやらない彼女を嬉しく思っていた。
まだ恋愛等にも興味ないんだな、とほほえましく思っていた。
しかし、時を経るにしたがって、僕はあることに気付き、愕然とするはめになった。
なんということだろう、彼女の視線の先には女の子しかいない!
幼なじみの自分ですら「お隣りの紀一君」であって男として、否、興味の対象としてちらりとも意識もされていないという絶望的な状態だ。
――ある日、僕は勇気を出しておそるおそる彼女に聞いてみることにした。
「佐和ちゃんて女の子と結婚したいの?」
さすがに、普通の6歳児に「キスしたいの?」とかその先の段階に触れてもピンとこないと思ったので(僕は姉の漫画でイロイロ予習済みだ。兄が居ればさらにイロイロ情報が手に入ったのに、と正直口惜しいほど)、「結婚したいの?」と聞いてみた。
僕のような思考は、普通の6歳児にはどうやら持ち得ないものらしい。
だから、彼女に合わせたレベルに話を噛み砕く。
これで「うん!」と言われたら、どうしようと思いながら。
女の子にならないと愛されないのであれば、僕は不利だ。
僕は男として彼女を愛したかったし、女の子同士では結婚できないし子供も生まれないと聞く。
しかも、女の子になるにはお金もかかるし、大人になってからじゃないとダメなのを知っていた。
一体どこから得た知識かなどと聞くものじゃない。
今の時代はTVでも本でもあらゆる媒体から簡単にそんな情報得られるんだから。
固唾を飲んで答えを待つ僕は、彼女が「ううん?そんなことはないよ」といってくれて心底ホッとした。
――そして、直後に暗い穴に突き落とされたような気持ちを味わうことになる。
でも、と続けられた彼女の言葉に耳を傾け、僕は顎を落とした。
「きれいなおんなのひと、みるのはすき」
かわいらしく頬を染めて瞳を伏せながらそういった彼女は本当に本当に可愛かくて食べてしまいたいほどだった。
きっと、彼女が砂糖菓子なら誰も食べられないようにして、一人で食べきってしまったことだろう。
残念ながら、僕の願いは当分かなう気配は見えなかったけれど、いつか彼女が異性を意識するようになるかも、と自分を磨くことにした。
佐和に意識してもらえるよう彼女をつくって、何気ないふりで佐和の前を通ってみたこともある。
結果は、惨敗。僕の思い人が見るのは僕の彼女ばかりで、いいなあと羨ましそうな声があがるだけだった。
無論、賢い僕には、自分につきあう恋人が羨ましいのではなく、この辺りでも評判の美少女を連れている僕が羨ましいと思っていたのを悟っていた…悲しいことに。
それを悟ってから程なくして、当時の彼女と僕は別れ、やがて遊びとか後腐れない関係とよく言い表される付き合いしかしなくなった。
今度はこっそりと。
表面では爽やかで品行方正な男を演出しつつ、裏では…という二面性のある生活を続ける。
余りにもよくあるパターン過ぎて、面白みに欠ける人生だ。
自分でも馬鹿だなと思いつつも、その生活をやめられなかった。
何しろ想い人が目の前にいるのに手をだせないのだ。
溜まりきって欲望が抑圧され爆発することは避けたかったから。
…せめてきっかけがあれば…と何度願った事か。
そのきっかけさえ掴めないことにじりじりとしていた。
+ + +
二の足を踏んでいた僕に転機がやってきたのはあるホテルの前で一人の少女に出会ったことがきっかけだった。
いや、それ自体がきっかけというわけではないけれど、彼女がキーになるのは間違いない。
自分は品行方正と名高い優等生。
女連れでこんなところにいるのを見られてどう口封じをしようか算段をはじめたのは、僕としては無理からぬことだった。
しかし、よくみれば相手の少女も男連れ、しかも清楚可憐な美少女として構内でも名高い美少女の美好だ。
お互いに有名人、しかも、こういったところにいるのがばれればお互いに困る身上。
ばれれば名に傷が付くだろう。それは避けたいところだ。
二人で相談した結果、利害の一致をみた結論は――利害の一致する二人で「そういうこと」をしよう、ということだった。
無論こっそりと。
清楚可憐と持ち上げられ、猫をかぶり続けるストレスを彼女はそういうことで解消し、僕もまた、品行方正な優等生の仮面をかぶるストレスをそういうことで解消しているということであれば、お互いが相手をすれば問題ない。
お互いに公言できない以上、自分達からボロを出さなければばれる心配もないのだ。
こうして、甘美で爛れた美好との関係はしばし続いた。
長く続かないかと思った美好との関係だったが、意外に長く続いた。
美好との付き合いで、僕にとって喜ばしい収穫を得る事ができると気づいたために。
それは、佐和の笑顔。
立場上、手に入れやすい美好の情報をそれとなく佐和に吹き込んでやると、彼女はひどく嬉しそうに微笑むのだ。
いつかなどは、学園祭のときに美好がきた白雪姫の衣装でコトに及んだときに、ふとした気まぐれでとらせてもらった写真を、学園祭のときに撮られたものらしい、と偽ってそれとなく渡してみた。すると、近年見ない、というくらい素晴らしい笑顔を見せた挙句、神のように崇められ、大感謝された。
その笑顔を与えたのが直接的には自分でないということが悔しかったが、笑顔は笑顔だ。
ありがたく拝ませてもらった。
+ + +
そんなある日のこと。
まもなく転校を控えた美好が、「最後くらい学校でしてみない?」という提案をしてきた。
正直、危ない橋で、どうしようかと迷ったが――結局、まぁいいかと僕は了承をした。
これで美好との関係が切れるのは、残念だが、そろそろ佐和にもアピールをしないといけない頃あいかもしれないな、と思っていた。
思い切りをつけるために、最後の思い出を作るのも悪くないだろう。
コトが終わり、さぁ、身なりを整えて出て行くか・・・・とした頃。
思いもよらぬ自体が発生した。
それは、待ちに待った転機。あれだけ願った転機が手のひらに転がり込むように落ちてきた。
情事の空気が色濃く残る教室に、見覚えのある少女が突如がらりと扉をあけて入ってきた―佐和だ。
瞬間的に彼女はフリーズしていく。
少し揺すったら割れて壊れてしまうのではないかというほど、カチコチに見えた。
無理もない、彼女とは縁のない世界だった。
寧ろ、僕が積極的に佐和からそういうものを遠ざけていたくらいだ。
勿論、彼女に気のあるそぶりの男はありとあらゆる手段をもって排除したのは言うまでもない。
それくらい当たり前だろう?
そんな彼女だ、脂汗をだらだら流して、逃げようとするのも当然のことだが。
―――逃がさない。
瞬間的に、僕は佐和の手首をつかむ。
(このチャンスを利用しない手はないよね)
そろそろ僕も限界を感じていた。
今までの関係を壊すよいチャンスだ。
有効に使わなくては。
佐和を教室に引き込むと、教室の扉を後ろ手にしめ、がちゃり、と鍵をかける。
これで扉を開けてすぐ出ようとしてもそうはいかなくなった。
固くなっている彼女を手のひらで感じながら、僕はどうしようか、と考えをめぐらせる。
どうやら彼女はとりあえず現状の把握に努めようとしたらしい。
首だけをなんとか回すと、辺りの観察を始めたようだった。
・・・・まもなく、美好のあられもない姿を見つけたようで、びくり、と身を震わせた。
じっと凝視している。
うっすらと佐和の頬も上気してきていた。
(・・・面白くない。)
ばら色に頬を染める佐和。
そんなの、自分を見たときだけでいい。
僕は佐和の注意を引くために、声をかけることにした。
「ねぇ」
暫くのまっても、反応がなかった。
けれど、見つめているうちにおそるおそる、といった感じに佐和の首が回る。
彼女の体からは「見たくない見たくない」というオーラがびしばしと出ていた。
(でも、ここで逃すわけにはいかないんだよね)
目が合った。
ああ、彼女だ。僕の大好きな大好きなひと。
そう思うと口元が緩んで仕方ない。彼女の目に今、映っているのは自分だけだ。
佐和の目が限界まで開かれているのを見て、嗜虐心が少しわく。
びくり、とまた身を震わせ、今度こそ全速力で逃げ出そうとする佐和をがっちりと引き止めて。
「こらっ、無視しないでくれないかな?佐原佐和さん!?」
注意を引く為に、いつも呼ぶ「佐和ちゃん」ではなくフルネームで呼んで見る。
びくびくと身を震わせ、こわばった表情の彼女も可愛くて、ますます笑みが漏れた。
(そんな顔をされると、もっといじめてみたくなるのに)
囁く。
「ねぇ、無視しないでよ。…逃がさないから」
さぁ、どんな反応をするだろうか?おびえるだろうか?怒るんだろうか?
わくわくとした心境にも似た気持ちを抱く僕に、佐和は「悪党!」という言葉が浴びせかけてきた。
悪党?
悪党だって?
(もう、かわいいなぁ。)
可愛くて仕方ない。
さぞ、僕はしまりのない顔をしているんだろうなと思いながら、佐和の手首を握りなおす。
やがて起き上がった美好に声をかけられ、ぽーっとしている佐和は、美好が去った後も暫く惚けていた。
これは、ショック療法が必要だよね?
大体、僕が傍にいるのに意識を飛ばすなんて許せない。僕に愛された後というのなら許すけど。
惚けて力が抜けている佐和を自分の胸元に引き寄せて、彼女のあごをくい、と持ち上げた。
そのまま、軽くかがむと、彼女の唇を丹念に味わう。
どうやら、思考停止したまま、反応できないでいるらしいのをいいことに、心ゆくまで彼女の唇を貪った。
10年以上もまったんだから、コレくらいいいだろう。
佐和はまだ固まっている。
ああ、可愛い。
僕は彼女の全てを一ヵ月後に控える彼女の18の誕生日に会わせて奪うことを心に決めると、漸く我に返って怒り始めた佐和に
「口封じ」
と彼女が望む悪党のような台詞をはいてみた。
本当は、ただ、したかったからしただけだけれど。
――僕が長かった月日を振りかえりながら、彼女の全てを手に入れる為の計画を入念に練り始めたのは、その直後の話になる。
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