卒業式といえば、好きな人から第二ボタンを。
あるいは好きな人へ、第二ボタンを。
あげるか貰うかの立場の差はあれど、一度は思い描いたことのある人間は少なくはないはずだ。
しかし一体そんなことを誰が決めたのだろう?
彼女はその人物に重大な抗議をしたくてしかたがない。いや、抗議をというならまずは目の前の人間にするほうが先か。
「先輩、それはなんですか?」
スルーしたい気持ちをこらえながら、私――相良藍は先輩に尋ねたのだった。
先輩はボタンを一杯つけていた。
本来の第二ボタンがあるはずの位置に。一杯は文字通り一杯。
これでもかこれでもか。まるで釦(ボタン)でできた花のようだ。黄金色の釦の花。
改造制服にも程があった。
よもや制服のほうでもこのような改造方法は想像もしていなかったに違いない。
先生も注意するどころか目を泳がせてかかわり合いになりたくないとばかりスルーする始末。
まあ、わからないでもない。今日この日さえ乗り切れば、彼は晴れてご卒業。先生たちも数々の苦労から解放されるのだ。
しかし、それでいいのか、教師達よ!
生徒指導も大事な仕事の筈だ。
しかし、私の心の中のそんな訴えは彼らに届くことはなく。
結果、私は一人で彼に対峙することとなる。
なるほどたった1日だ――しかしスルーを許されていない私には非常に長い一日。
卒業式の後待っていて欲しい。
そう言われて頷いたのは私だ。
あの一年前の告白もどきからのらりくらりと微妙な関係を続けていたけれど、卒業ともなるとこのままじゃいけないだろうという意識はあった。
先輩はずばり顔のいい変人だが、変人ながらに一緒にいて楽しかった。卒業してもこの関係が続けばいいなと思う心があった。
だから頷いた。
――のだが、早まったかなという考えがちらりとよぎる。
おそらくシュチュエーションから想像するだに、これからきっと私は第二ボタンを受け取ってくれるかと問われるのだろう。
卒業生と残された後輩とで行われる、古きよき時代からのセレモニー。
学生ならではの告白方法。
私も先輩ならこの手段を選んでくるだろうと予想はしていた。
先輩は変人で、ロマンチストなのだ。
変人でロマンチストなのだから、普通に第二ボタンを渡すだけじゃないに決まっていた。
これは私の見積もりがまだまだ甘すぎたということだろう。
――私は、先輩が卒業した後も彼のこんな奇行についていけるのか?
今なら、彼を遠ざけることもできる。
彼が思いを告げてきたときに、振ってしまえばいい。
きっと彼は酷く残念そうに、もしかするとつらそうな顔をするかもしれないけれど私の選択を受け止めてくれるはずだ。
先輩は拒否をしている人間に無理を強いるような人間ではなかった。
迷って迷って、私は彼の顔を見た。
先輩はボタンの山をぐっと握りしめ、緊張から引き締まった顔で口を開いた。
緊張していると、この人の顔はいいのだなと再認識する。
――もっとも私が好きになったのは顔じゃないのだけれど。
……答えは、もう出ているようだ。
+ + +
気がついたら私は山のようなボタンを両手いっぱいに受け止めて、先輩と仲良く歩いていた。
だって仕方ない。やっぱり私は、変人だけどまっすぐで、ユーモラスで、優しいこの先輩が好きなのだから。
この山のようなボタンに、先輩の私に対する溢れんばかりの思いが籠もっているのだと彼はいう。
一個じゃ足りないのだそうだ。だから第二ボタンの位置に、しこたまボタンをつけてくることにしたのだと。
彼が一生懸命狭い面積に手づからボタンを縫い付けている様を想像すると、おかしくて少し笑みがこぼれた。
私は先輩に毒されているのだろうなと思いながら、両手いっぱいのボタンをどこに仕舞い込もうか考えを巡らせる。
――大事な思い出だから、相応の場所に。
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